2010年12月06日

「わが故郷は漆黒の闇」第八話

「さて、遠心加速器を設置したジムエリアというのは、実は、この中央の浮遊部分のことを指しています。シャトルの発着が地球からの援助物資の到着と、コロニーからの子供たちの出発にしか使われていない現在、シャトルの発着場へ行くために浮遊部分に向かう人は極めて希です。そこで、浮遊部分に幾つかの改造を施してジムエリアとして使うことになったわけです。改造といっても、もともと、一般の住人が浮遊部分に足を踏み入れることは滅多にありませんから、それが改造されたものなのか元からそんな構造になっているのか、怪しまれる心配はありません」

「あの……どんな改造なんですか?」

 ケイトの話に引き込まれ、ごくっと唾を飲み込んでボビンが訊いた。

「実は、改造と言うほど大げさなことをしているわけではありません。浮遊部分の回転を制御するモーターをパワーアップしたことと、浮遊部分の輪郭に沿って設置してあるキャットウォークを兼ねたフェンスを、それまでの物から高張力材の物に交換したというくらいの簡単な細工です」

 ケイトは苦笑ぎみに応えた。

「それをどういうふうに使うですか……?」

 ボビンが重ねて尋ねる。

「そうですね。実際に使ってみる前に説明しておきましょうか。−−浮遊部分の回転を停止すると、もちろん、そのエリアでは遠心力が発生しませんから、いわゆる無重力状態になります。さて、無重力ですからどんな姿勢でも取れるわけですが、地球上の重力を体験するには、キャットウォークを兼ねたフェンスに足の裏をつけて立つような姿勢を取ることになります。この姿勢で浮遊部分を回転させると、回転に伴って発生する遠心力は、体を頭の上から足の方向にフェンスに向かって押しつけるような疑似重力として作用することになります。つまり、コロニーの内側でいつも感じている疑似重力と同じものなわけですね。ただ、浮遊部分は自由に回転数を変化させることが可能ですから、その疑似重力の強さも自由に変化させられるということになります。そこで、疑似重力の強さを地球上での重力と同じに設定して、それに慣れる訓練をするわけです。簡単に言えば、本当ならシャトルの発着場への連絡口を勝手に改造して遠心加速器として使っているということです」

 ケイトは悪戯めいた仕種で肩をひょいとすくめてみせると、ドアを示す別の光点を指先で触れた。それまで空間に浮かび上がっていたCG映像がまたたくまに消え失せ、代わりに、無機質な寝台や鋭い銀色に光る工作機械のような物を据えた部屋の様子が立体映像として浮かび上がってくる。

「ジムエリアの説明はこれくらいにして、次は、向かって右側のドアにつながっているメディカルルームについて説明しておきます。このメディカルルームには、中央病院にあるのと同じ型の医療ロボットがあって−−」

 ケイトはジムエリアの次に医療室の説明を始めた。幾つかの専門知識も必要なその説明が終わる気配はまるでない。



「−−というわけです。わかってもらえたでしょうか」

 医療ロボットの使用方法の説明に小一時間もかけて、ようやくケイトは視線を三人の顔に戻した。もっとも、これから三人が地球に向かって出発するまでの間、原則として医療関係者も帰還準備室に立ち入ることができないため、病気や怪我の治療は医療ロボットを使って仲間内ですませなければならないから、その使用方法の説明に時間を割くのは当然といえば当然のことだった。

 三人は互いに顔を見合わせると、いささか自信なげではあるものの、ケイトに向かってこくんと頷いてみせた。

「はい、結構です。それでは、次に……」

 ケイトがそう言って最後に残った三つ目の黄色い光点を指先で触れようとした時だった。

「あ、あの……ちょっといいですか」

 ケイトの言葉を遮っておずおずと右手を上げたのはカタンだった。

「はい、何でしょう?」

 ケイトは微かに首をかしげて言った。

「すみません……トイレへ行ってもいいでしょうか」

 少し恥ずかしそうな表情でカタンは言った。

「え? ああ、そうですね。休憩のついでにと思って話し始めたのに、いつのまにか本格的なレクチャーみたいになってしまっていましたね。もう三人ともジュースも飲み終わっちゃったみたいだし、知らず知らずのうちにそんなに長い間話続けていたんですね、私。いいでしょう、今度こそ本当に休憩にしましょう。−−丁度いいわ。今、これを説明しようとしていたんです。トイレの入り口は、このドアです」

 ケイトは、ジュースの入っていた容器が三つとも空になって給仕ロボットの上面トレイの上に並んでいるのを見て、軽くウインクしてみせてから、最後に残った光点に指先を触れた。

 現れたのは、なんの変哲もない標準型の便器を備えたトイレの映像だった。もっとも、なんの変哲もない便器とはいっても、地球上で使われている便器と比べれば様々な工夫が施してある。コロニーで使用する便器として最も考慮されたのは、尿を絶対に便器の外へ飛び散らさないという点だった。閉鎖空間であるコロニーでは、水や空気といった、人が生きてゆく上で必要不可欠な要素は僅かでも無駄にはできない。全ての要素は完全にリサイクルされるようになっている。当然、尿として排泄された水分も、一滴も余すことなくリサイクルセンターに集約されて処理され、飲料水として再び供給される。それが幾らかでも便器の外に飛び散ってしまうと、それを回収するのに余分なエネルギーが必要になるわけだ。そういった事態を避けるため、その形状はもとより、便器内の気圧を低下させて尿を吸引するような機能を付与するなど、設計者の無数のアイディアが見え隠れするのがコロニー用の便器だ。また、尿や便の成分を瞬時に分析して排泄者の健康状態をチェックしたり、コロニーの外皮が破損して空気が漏れ出した場合などには便器の内側から透明の樹脂でできたバルーンが膨らんで排泄者を包み込み、その生命を保護するといった機能を備えるようISO−38001に規定されているのは言うまでもない。


「それじゃ、失礼して行ってきます」

 だいぶ長い間我慢していたのか、あからさまにほっとしたような表情を浮かべたカタンは床から立ち上がって、立体映像と同じように黄色の発光素子をまたたかせているドアに向かって歩き出した。

 カタンが壁際に立つと同時に、ドアになっている部分がすっと音もなく開いて、標準型の便器が垣間見えた。カタンがいそいそとトイレに入ると、やはり何の抵抗もなくドアが閉じる。

 そのまま一分少し経過して、もういちどドアが開いた。見るからにすっきりした顔つきのカタンがドアをあとにしてこちらに戻ってくる。

「あ、じゃ、私も」

 カタンと入れ違いに立ち上がったのはボビンだった。

「ボビンちゃん、大丈夫? 一人でちゃんとできる?」

 トイレに向かって歩きかけたボビンの背中に、特殊工作チームのコマンダーとしての顔から小さな子供の面倒をみる保護官の顔に戻ったケイトが、いくらか冗談めかした口調で声をかけた。

「うん、大丈夫。ボビン、もう年中さんだもん、一人でちゃんとトイレできるよ」

 ケイトの声にボビンはくるりと振り返ると、おどけたような表情で幼児の言葉遣いを真似て応えた。

「でも、本当に大丈夫かな? パンツ、一人でおろして一人で穿けるかな? ケイト先生が手伝ってあげようか?」

 ケイトが、いかにも優しい保護官という役割を演じて聞き返す。

「いいの、一人で。ボビン、年長さんのカタンお姉ちゃんみたいに上手じゃないかもしれないけど、年少さんのユリちゃんより上手だもん。ちゃんと一人でパンツおろしておしっこして綺麗綺麗してパンツ穿けるもん」

 ボビンは、保護官として面倒をみてやった幼女の顔つきと仕種を思い出しながら、少し照れながらも幼児の言いそうな言葉を選んで口にした。

「そう。じゃ、行ってらっしゃい」

 ようやく一人でトイレへ行けるようになったばかりの本当の幼児を見送るように言って、ケイトはボビンに向かって大げさに手を振ってみせた。

「は〜い。ボビン、トイレ行ってきまーす」

 ボビンもケイトに向かって手を振り返すと、カタンと同じようにトイレに姿を消した。

 そうして、こちらもやはり一分とちょっとして、いかにもすっきりしたという顔でドアから出てくる。

「本当にちゃんとできたの、ボビンちゃん?」

 トイレから出てきたボビンのもとにケイトが足早に駆け寄った。

「大丈夫だよ、ケイト先生。ボビン、年中さんのお姉ちゃんだもん」

 ボビンは、ケイトの顔を見上げて、本当の幼児らしく見えるような表情を真似てにっと笑ってみせた。

「本当かしら。パンツ、濡れてないかな?」

 ボビンの笑顔にケイトはわざとらしく首をかしげてみせると、床に膝をついて、ボビンが着ているセーラースーツのスカートの裾をぱっと捲り上げた。

「きゃっ! やだ、急に何をするんですか!」

 それまでは上手に幼児を真似ていたボビンだが、突然の予想外の出来事に、元の自分に返って思わず悲鳴をあげ、大人びた口調でケイトを非難してしまう。

「あらあら、困った子だこと。本当の年中さんはそんな声を出したりしませんよ。一応は恥ずかしがったりするけど、それは格好だけで、すぐにきゃっきゃっ笑って、アニメのパンツだぞ〜ってわざと見せたりするんだから。小っちゃい子の行動、もっとちゃんと練習しなきゃ駄目ね、年中さんのボビンちゃん」

 ボビンの慌てようにケイトはくすっと笑って言った。そうして、左手でスカートの裾を捲り上げたまま、左手をおじゃ魔女ドレミのショーツの股間にぴたっと押し当てた。

「やだってば! な、何をするんですか、ケイト保護官たら」

 二度目の予想外の出来事に、ボビンはさっきよりも大きな悲鳴をあげた。

「だから、小っちゃい子はそんな大人みたいな悲鳴はあげませんって言ってるでしょ。はい、おとなしくしてなさい」

 なんだか面白がっているとしか思えないような声でケイトは言って、右手の指でショーツの股間をまさぐった。

「や、やだ、保護官。ちょっと、そんなとこ触っちゃ駄目ですってば」

 ショーツのクロッチのあたりに中指の指先を突き立てんばかりにするケイトの手の動きに、ボビンは頬をかっと熱くして声を震わせた。

「ほらほら、小さな子供がそんな色っぽい声を出さないの。私は、ただ、ボビンちゃんのパンツが濡れてないか確かめてあげてるだけなんだから。年中さんのボビンちゃんがおしっこの後ちゃんと綺麗綺麗できたかどうか確かめてあげてるだけなんだから」

 ケイトは、突き立てるようにしてクロッチのあたりに押し当てた中指と人差指を、ゆっくりとショーツの上に這わせた。

 途端にボビンの体がびくっと震える。

 見た目は小柄な幼児でしかないボビンだけれど、その実、僅かに膨らんだ乳房と成熟した性器の持ち主だ。敏感な部分を二本の指でまさぐられて平静でいられる筈がない。それも、ショーツが濡れていないかどうか確かめるだけよと言いながらもケイトの指がショーツの様子を確認するためなどではなく、ただでさえ感じやすい部分をわざと狙って這いまわるから尚更だ。







「ほ、保護官、よしてください。それ以上は駄目です」

 ケイトの手から逃れようとして腰をひき、ボビンは喘ぐように言って、ケイトの手を力なく払いのけようとする。

「あらあら、ケイト先生と呼びなさいってユリちゃんには何度も言って聞かせたけど、ボビンちゃんにも何度も言って教えてあげないといけないのかしら」

 ケイトは逆にボビンの手を押さえこむと、ボビンの耳元に唇を寄せて甘ったるい声で囁きかけた。


「だって、保護官が急に変なことをするから……」

 ボビンは思わず言い訳めいた口調で言葉を返した。

「ちっとも変なことなんかじゃありませんよ。ちゃんと綺麗にできたかどうか調べてあげているだけなんだから。それを変なふうに感じちゃう方がいけないのよ」

 ケイトはボビンの耳たぶに熱い息を吹きかけて囁いた。

「あ……」

 まるで無防備な状態のところに不意にショーツの上から感じやすい部分をいじられ、耳元に吐息を吹きかけられて、ボビンは知らず知らずのうちに喘ぎ声を漏らしてしまう。

「ほら、まただ。本当の小さな子はね、こんなところをさわられても、くすぐったがるだけなのよ。ボビンちゃんみたいにエッチな声をあげて感じちゃうような子は一人もいないの」

 ケイトはボビンの顔を半眼で見おろして、からかうように言った。

「そ、そんな、感じちゃうだなんて……」

「あら、違うの? 絶対にそんなことないって誓える?」

 ケイトはボビンの目を覗き込んだ。

「それは……」

 ボビンは言い淀んでしまう。

 違うと応えたいけれど、下半身のじんじんした疼きが、それは嘘だと告げている。

「いいわ、正直で。もしも絶対に違うって応えたらもっと責めてあげるつもりだったんだけど、嘘はつかなかったわね。その正直さに免じて、今はこのくらいにしておいてあげる」

 くすっと笑って、ケイトは右手を戻し、ボビンのスカートを元に戻して乱れを整えてやった。そうして、それまでボビンの顔をじっと見つめていたのを、くるっと振り返って、カタンとユリの顔を交互に見て言った。

「わかった? あなたたちが正体を見破られることがあるとすれば、今のボビンちゃんみたいな事態に陥った時なのよ。あなたたちはどこからどう見ても幼稚園児だわ。外見でばれることはない。でも、なにかの拍子で今のボビンちゃんみたいにエッチな声をあげたり、感じやすいところを触られてとろんとした目をしたりしたら、それがきっかけになって正体を怪しまれることになるのよ。そんなところも含めて幼児になりきる訓練を積むのよ。それが結局、工作を成功させるたった一つの方法なんだから。わかったわね?」

 優しい保護官としての顔はそのまま、口調だけコマンダーのそれに変えて、きつくいましめるように言うケイトだった。

「……はい!」

 三人は一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたけれど、じきに口元を引き締めて頷いた。

「うふふ、三人ともちゃんとわかってくれて、先生とっても嬉しいわ。これからも聞き分けのいい素直な子でいてね」

 ケイトは再び保護官の口調に戻って笑顔で言うと、目の前のボビンの体をきゅっと抱きしめ、改めて耳元に唇を寄せた。

「おしっこはちゃんと拭いてあるみたいね。でも、年中さんくらいの子供だと、少しくらい拭き残しがあった方が自然よ。あまり綺麗にしすぎると却って怪しまれるかもしれないから、そのあたりにも気をつけてね」

 ここまでケイトは事務的な口調で言ってから、再びボビンの耳たぶに吐息を吹きかけて囁きかけた。

「おしっこは綺麗に拭いてあったけど、今は少し濡れちゃってるかもしれないわね、ボビンちゃんのパンツ。私にいじられて、いやらしいお汁が出ちゃったんじゃないかしら?」

 ケイトの囁きにボビンの頬が赤く染まった。

「本当に正直なのね、ボビンちゃんは。とても正直な体だわ」

 ケイトはおかしそうにそう言うと、ボビンの頬に軽くキスをして立ち上がった。

「そ、そんな……」

 言われて、ボビンは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

「いいのよ、そんなに恥ずかしがらなくても。だって、ボビンちゃんは本当は二十一歳の大人だもの。感じちゃうのが当たり前。ただ、地球に潜入するためには、そんな大人としての感覚さえ封印しなきゃいけないのよ。辛いけど、我慢してね。コロニーに暮らす人たちの無念を晴らすまで辛抱してちょうだいね」

 まだ笑顔のまま、それでも真剣な眼差しでケイトは言った。

「……わかりました。頑張ります」

 ケイトの言葉に、ボビンは一旦は恥ずかしそうに伏せてしまった顔をきっと上げて応えた。

「うん、頼もしい返事だわ」

 ケイトは満足そうに頷くと、あらためて居住エリアの内側をぐるっと見渡して言った。

「さて、三人とも飲み物は終わったみたいだし、カタンちゃんとボビンちゃんのトイレも終わったから、ちょっと慌ただしいけど、これで休憩はおしまいにしましょう。せっかくだから、ジムエリアで地球と同じ1Gの重力を経験させてあげるわ。いつまでも座学ばかりだと飽きてきちゃうしね。さ、ついてらっしゃい」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 すっと体を伸ばして真ん中のドアに向かって歩き出すケイトをユリが慌てて呼び止めた。

「ん? どうかしたの、ユリちゃん?」

 ケイトは、ユリの呼びかけにぴたっと足を止めて振り向いた。

「あ、あの……私、まだなんです……」

 ユリは助けを求めるみたいな顔つきで、蚊の鳴くような声で言った。

「まだ? まだって、何が?」

 首だけ振り向いたケイトが、わざとのような不思議そうな声で聞き返す。ユリが何を言いたいのか充分わかっているのに、わからないふりをしているのがありありだ。

「だから、あの……トイレです」

 ユリは大きく息を吸い込んで、意を決したような表情で言った。

「トイレ? でも、トイレなら、カタンちゃんもボビンちゃんも終わってるわよ?」

 ケイトは尚もすっとぼけてみせる。

「ふ、二人は終わったかもしれないけど、私はまだ……」

 ユリはすがるような目をして言った。


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