2010年12月13日

「わが故郷は漆黒の闇」第九話

「二人が終わっているんだったら、それでいいじゃない。どうしてユリちゃんが困ることがあるのかしら?」

 ケイトは、さも不思議だという顔をしてみせる。

「だって、だって、私もトイレに……」

 ユリは、トイレの入り口になっているあたりの壁をちらちらと見て言った。

「あらあら、おかしなことを言う子だこと。ユリちゃんはトイレへ行く必要なんてない筈よ。だって、ユリちゃん、幼稚園の制服の下に着けている下着は何だったかしら?」

 ケイトはすっと目を細めて今度は体ごと振り返ると、まるでユリのスカートの中を覗き込むみたいに腰をかがめた。

「……」

 ユリは何も言えない。

 カタンやボビンみたいに床にお尻をぺたんとつけた座り方だと恥ずかしい下着が丸見えになってしまうのがわかっているから、正座なんていう慣れない座り方をして、なるべくスカートが広がらないよう気をつけているユリだ。けれど、スカート丈が短いものだから、そんなふうに注意していても、きちんと揃えた両脚の太腿のあたりはスカートの裾から出ていて、恥ずかしいおむつカバーも少しだけ見えてしまっている。それを目にすると、それ以上は何も言えなくなってしまうのだった。

「そうよ、ユリちゃんはおむつなのよ。おむつをあてているから、トイレなんて行かなくていいの。おもらししちゃっても柔らかな布おむつがおしっこを吸い取ってくれるから心配しなくていいのよ」

 一旦は真ん中のドアの方に歩きかけていたケイトだが、少し何か考えるような顔つきになると、急にこちらへ戻ってきて、ユリの両脇の下に手を差し入れて、そっと立たせた。

「……でも、そうね、ユリちゃんがトイレへ行きたいんだったら連れて行ってあげる。さ、お手々を引いてあげるからついてらっしゃい」

 ユリを立たせたケイトはそう言うと、ユリの右手を引いて歩き出した。

「本当? 本当にトイレなんですね?」

 ユリは、並んで歩くケイトの顔を見上げて聞き返した。

「本当よ。だって、ユリちゃんもトイレへ行きたいんでしょう?」

 ケイトはユリの顔を横目で見おろして応える。

「は、はい。ずっとトイレへ行きたかったんです。でも、なかなか言い出せなくて。それを最初にカタンが言ってくれたから、助かったって思って……」

 さほど広くない居住エリアだから、ユリがみんな言い終わらないうちにトイレの前に着いてしまう。

 二人が壁の前に並んで立つと、ドアがすっと開いた。

「そう。ずっとトイレに行きたかったの」

 ドアが開くのを待って、ケイトは、ユリの言葉を繰り返した。

「はい」

 ユリが短く応える。

 自治行政院の幹部会議から口頭で辞令を言い渡され、気がつけば帰還準備室に連れて来られて、ケイトからいろいろ説明を受けて、その間あたふたしていて、水を飲むゆとりもトイレへ行く暇もなかった。それがようやく束の間の休憩時間になって、ついさっき飲んだジュースのせいもあるのだろう、いよいよ尿意が強くなってきていた。ただ、そのことをついつい言いそびれてしまい、どうしようかと思案していたところに最初にカタンが口火を切ってくれたおかげで、ようやくトイレタイムになった。それでも、人間の手では外すことのできない電磁マジックテープを使ったおむつカバーのせいで、ちゃんとトイレをすませられるかどうか心配だった(実際、ケイトは、一度は、おむつなんだからトイレなんて行かなくていいのよと言ったのだから)。それでも、どういう風の吹きまわしか、ケイトがトイレへ連れて行ってくれるというのだ。トイレに入ってからフィールドキャンセラーでおむつを外してくれるんだろうなと万全と考えて、ユリは安堵に胸を撫でおろす思いだった。



 二人がトイレの中に足を踏み入れると同時に音もなくドアが閉じた。

「はい、ここがトイレよ。さっきも言ったけど、ユリちゃんはおむつだから、本当はトイレなんて行かなくていいのよ。でも、年中さんのお姉ちゃんになる頃にはおむつとバイバイしてトイレへ行かなきゃいけなくなるから、今のうちに少しだけトイレの練習もしておこうね」

 ケイトは再びユリの両脇に手を差し入れて抱き上げ、そのまま、便座の上に座らせた。

「え? あ、あの……」

 てっきりおむつを外してもらえるものだと思っていたユリは、きょとんとした顔でケイトの手元を見つめるばかりだ。

 けれど、ケイトがスペースジャケットのポケットからフィールドキャンセラーを取り出す気配はまるでない。

「あら、どうしたの、ユリちゃん? 何をそんなに不思議そうな顔をしているのかしら?」

 ケイトはすっと腰をかがめると、おむつのまま便座に座らせたユリと目の高さを合わせて僅かに首をかしげてみせた。

「だって、あの……このままじゃ、お、おしっこができないんです」

 まだケイトが何をしようとしているのかわからず、きょとんとした顔で、頬だけをうっすらとピンクに染めてユリはぽつりと言った。

「何を言ってるの、ユリちゃんてば。そのままでいいのよ。ユリちゃんはおむつなんだから、おむつの中におしっこしちゃっていいのよ。ただ、いつかはおむつ外れしなきゃいけないから、トイレにどんなふうに座ればいいのか、その練習をしているだけなんだから」

 ケイトはしれっとした顔で言った。

「え……?」

 何を言われたのか咄嗟には理解できなくて、二度三度とまたたきを繰り返してケイトの顔をぽかんと眺めるばかりのユリ。

「トイレでちゃんとおしっこをするのは、年中さんのお姉ちゃんになってからでいいのよ。おしっこが出ちゃいそうなのがわかって、ちゃんとおしっこを先生に教えられるお姉ちゃんになってからでいいの。ユリちゃんはまだ年少さんの中でも小っちゃい方だから、おむつにおしっこでいいのよ」

 ケイトは、便座に座らせたユリのスカートをそっと捲り上げ、おむつカバーに包まれた下腹部に右手の掌を押し当てた。


「お、おしっこなら、ちゃんと言えます。おしっこが出そうなのも、ちゃんとわかります。わかるからトイレへ行きたいって言ったんです。だから、おむつを外してください。お願いだから」

 おむつを外してもらえそうにないということにようやく気がついて、ユリは弱々しく首を振って懇願した。







「そうね、ちゃんとおしっこを言えるわね、ユリちゃんは。でも、今ちゃんと言えても駄目なの。ユリちゃんはこれからおむつっ子になるのよ。いつもおむつをあてていて、気がつくとおむつをおしっこで濡らしちゃう、本当の小っちゃな子になるの。その方が地球に潜入しやすいからね。それで、地球に着いて、新しいパパとママにトイレトレーニングをしてもらって、またもう一度ちゃんとおしっこを言えるようになったら、その時はトイレでおしっこをすればいいわ。でも、今からは、おむつを外すためのトイレトレーニングじゃなくって、おむつに慣れるためのおむつトレーニングが始まるのよ。だから、トイレに連れて来てあげたの。もう二度と座ることのない便座の座り心地を最後にもう一度だけ経験させてあげるためにね」

 ケイトは、教え諭すような口調でゆっくりとユリに言った。

「そ、そんな……」

「言った筈よ。このおむつカバーに使っている電磁マジックテープは或る程度の水分を感知すると外れるようになっているって。つまり、ユリちゃんがおしっこでおむつを濡らさない限り、絶対に外れないのよ」

「で、でも、フィールドキャンセラーを使えば……」

 ユリはおそるおそる言った。

「駄目よ。フィールドキャンセラーは、新しいおむつを用意するためにマジックテープを外さなきゃいけない時とか、お洗濯の後に干すのにマジックテープを外さなきゃいけない時とか以外は使わないことにしているの。だから、このおむつは、ユリちゃんがおしっこをするまでは絶対に外れないのよ」

 ケイトはユリの下腹部を包み込むおむつカバーを掌でぽんぽんと叩いて言った。そうして、不意に意味ありげな微笑みを浮かべると、ボビンのショーツにそうしたように、ユリの感じやすい部分をいたぶるみたいに、右手の中指をおむつカバーの上に突き立てて、ぐっと押した。

「な……」

 思いもかけないケイトの行動に、ユリの顔がぱっと赤く染まる。

 それに対して、ケイトは平然とした様子で右手を蠢かせ、笑みを浮かべたまま言った。

「いくら言葉でおむつに慣れなさいって言われても難しいわよね。これまでちゃんとトイレでおしっこをしてきたのに、急におむつにしなさいって言われても、なかなかできるものじゃないわよね。だから、急にじゃなくって、少しずつ慣れていけばいいわ。ユリちゃんを便座に座らせてあげたのには、そういう意味もあるのよ。いつもおしっこをするのと同じように便座に座れば、慣れないおむつの中にでも少しはおしっこしやすいかなと思ってね」

 そこまで言ってケイトは中指を動かすのをやめた。

 思わずユリが安堵の溜息を漏らす。

 と、その隙を待っていたみたいにケイトの右手が再び動いた。中指を鈎みたいな形に曲げ、ユリの秘部を、おむつカバーの上からくいっとまさぐる。

「あ……」

 緊張が解けて幾らか油断していたところへの仕打ちだから堪らない。ユリの口から漏れ出たのは、悲鳴というよりは喘ぎ声といった方が近い、ひどくなまめかしい声だった。『ねんしょうぐみ・ユリ』と書いた名札を胸元に付けた幼稚園を制服を着て、おむつでお尻を大きく膨らませた姿からはとてもではないが想像もできない、ひどく大人びた、ひどく淫靡な呻き声だった。

「それに、ほら、こうすれば下半身の力が抜けておしっこがしやすくなるでしょう? ボビンちゃんの時はパンツがおしっこで濡れていないかどうか調べてあげただけだったんだけど、ユリちゃんには、おしっこが出やすくしてあげるわね」

「い、嫌です! おしっこなんて、おしっこなんて、したくありません!」

 逃げ場のない便座の上、それでも少しでもケイトの手から離れようとして両脚を突っ張ってユリはかぶりを振った。

「あら、おかしいわね。あんなにトイレへ行きたがっていたのは誰だったっけ。おしっこがしたいからトイレへ行くって喚いていたのは誰だったのかしら」

 くすくす笑って、ケイトはなおいっそう強く中指をおむつカバーの上に突き立てた。

「やだ、そんなことしちゃやだってば……お、おしっこはしたいけど、ちゃんとトイレでしたいんです……お、おむつの中なんかじゃありません……」

 ユリは涙目で訴えた。

「でも、おむつに慣れてもらわないといけないからね、ユリちゃんには」

 ケイトはユリの敏感な部分をおむつカバーの上から何度も優しくいたぶり続けた。ケイトの指の動きに合わせて、柔らかな布おむつがユリの秘部を撫でさする。


「くぅ……」

 突然、ユリの顔つきが変わった。それまではおどおどもじもじしていたのが、きゅっと目を閉じて、なんだか見ようによっては、とろんとしたような表情になっている。

 けれど、すぐにユリはぶるんと首を振って下唇を噛みしめると、ケイトに責められて幾らか開きぎみになっていた両脚を閉じようとする。

「出ちゃった?」

 うふふと笑い声をたてながらケイトはユリの顔を正面から見おろした。

「……」

 ケイトは無言で首を振る。

 だけど、本当のことを言えば、少しだけれどおしっこが漏れ出て布おむつを僅かに濡らしてしまっていた。ただでさえ尿意が高まっていたところへケイトが指で責めるものだから、とうとう我慢できなくなって、おしっこが溢れ出てしまったのだ。それを、もう幾らも残っていない気力を振り絞ってかろうじて止めるユリだった。男性に比べて尿道の短い女性は、いわゆる「ちびってしまう」状態になりやすいし、一旦おしっこが漏れ出すと途中で止めるのは難しい。それを、なけなしの気力でもってなんとか止めることができたのは、殆ど偶然と言ってもいい幸運だった。

「出ちゃったのね?」

 おむつカバーの中の様子もユリの胸の内もすっかり見透かしてしまいそうな目つきで、ケイトは決めつけるように言った。そうして、何かを試すみたいに、ユリのおむつカバーの前当てに指をかけてそっと引っ張ってみる。

「でも、マジックテープは外れない、と。出ちゃったけど、おしっこの量はあまり多くないみたいね」

「もう許してください。こんなひどいこと、もう許して」

 おむつカバーの前当てを引っ張りながらこともなげに言うケイトに向かって、ユリは、おむつの厚みのせいでちゃんと閉じることのできない両脚を恨めしそうに見おろして両手をぎゅっと腿の上で握りしめた。

「ひどいことって、やだな〜、そんな言い方。なんだか、私がユリちゃんをいじめてるみたいじゃない。これも訓練だってこと、ちゃんとわかってほしいわね。地球に着いた後、工作が終わるまでどれくらいの潜入期間になるかわからないけど、その間ユリちゃんはずっとおむつなのよ。幼稚園じゃ、年少クラスのお友達が見ている前で先生におむつを取り替えてもらうことになるのよ。今からその恥ずかしさに慣れておいてほしいから、私はこうして訓練してあげてるのに。私の親心もわかってほしいわね。これは、おむつに慣れるためのおむつ教練なんだから」

 ケイトは軽く首を振って、しれっとした顔で言った。

 それに対してユリは恨めしげな目つきでケイトの顔を見上げるばかりだ。言い返したいことは幾らでもあるけれど、地球に潜入するためと言われると、ついつい口ごもってしまう。

「でも、ま、最初から無理強いはよくないかもしれないわね。強引過ぎてユリちゃんがおむつを嫌いになっちゃったら困るし。ここは、少しずつ慣れてもらった方がいいみたいね」

 無言で唇を尖らせるユリの顔を見おろしてケイトは片方の眉を吊り上げてくすっと笑うと、ユリの体を便座から抱き上げてトイレの床にそっと立たせた。

「そんなにおしっこしたくないなら、トイレから出してあげる。でも、いいのね? これが最後のトイレなのよ。最後に、トイレでおしっこしておかなくて本当にいいのね?」

 ケイトは、床に立たせたユリに、念を押すみたいに言った。

 それに対してユリはぽつりと応える。

「トイレでって言っても、場所はトイレだけど、実際はおむつの中なんだから……」

 恨めしそうにそう応えながら、最後の方は羞恥のあまり言葉にならない。

「そう。じゃ、出ましょう。カタンお姉ちゃんとボビンお姉ちゃんがお待ちかねよ」

 ケイトは目を細めて頷くと、ユリの手を引いてドアの前に進んだ。

 おむつの厚みのせいで両脚をきちんと閉じることができないところに持ってきて、幾らか漏らしてしまったおしっこを吸った布おむつがじとっと下腹部の肌に貼り付く感覚があって、ついつい脚を開きぎみにしながらケイトに手を引かれてついて行くユリ。おむつで丸く膨らんだスカートの裾を揺らして歩くユリの姿は、まだ足取りもおぼつかない幼児さながらだった。



 ユリと一緒にトイレから出たケイトは、居住エリアで待っていた二人も合わせ連れて、ジムエリアに向かうエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターと言っても、すぐ頭に思い浮かぶような普通のエレベーターではない。居住エリアからコロニーの隔壁までは水平に走行し、隔壁に達すると今度は鉛直方向に走行することになるから、搭乗員は頑丈な座席についてシートベルトで体をしっかり固定する必要がある。さもないと、水平から鉛直に走行方向が変化するのに伴って座席の位置が変化する時に(水平走行時は後ろ側の壁だった部分が鉛直走行時は床になるよう、走行方向の変化に合わせて、エレベーター内の座席が、床と壁に造り付けになっているレールに沿って動くような構造になっている)座席から振り落とされかねない。また、エレベーターはリニアモーター駆動になっているのだが、シャフトの全行程に渡って電極が設置してあるわけではなく、駆動部分は、出発地点から数百メートルの範囲内に限られている。本来ならシャフトの全行程を駆動部分にして滑らかな走行を確保したいところだが、少しでもエネルギーの消費を抑えるために、出発時の短時間の内に目的地に到着するために必要な速度まで加速し、その後は慣性走行に移るという走行パターンが採用されているのが実状だ。そのため、出発時の加速は、コロニー内の疑似重力の倍に匹敵する0.6Gに達する。この加速に耐えるためにも、耐Gシートになってる座席とシートベルトがどうしても必要になるのだった。そんな事情で、ジムエリアに向かうエレベーターは、エレベーターというよりも、電磁カタパルト射出方式のマスドライバーと表現した方が正確な、いささかスリリングな乗り物に仕上がっているわけだ。



2週連続で漆黒の闇更新ですw
今までのペースだといつ終わるかわからないので〜(汗
休み続けば毎週日曜とか更新したいなぁ〜


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