2010年12月27日

「わが故郷は漆黒の闇」第十話

エレベーターの内部には、保護官用の大きめの座席が二つと、子供向けの小振りな座席が四つ据え付けてある。ケイトはカタンとボビンを前列の座席に座らせて体をシートベルトで固定してから、ユリをカタンの後ろのシートに座らせた。

 耐Gシートになっている座席は他の乗り物の座席に比べると幾らかふわふわした感じで、座った途端、ユリの体が幾らかバックレストにめりこむ。

「きゃっ」

 慣れない者には妙に不安定に感じられる座り心地に、ユリは思わず小さな悲鳴をあげてしまった。

「大丈夫よ、ユリちゃん。最初はびっくりするけど、じきに慣れるから。慣れたら、揺りカゴの中にいるみたいで気持ちよくなるからね」

 座席のバックレストに上半身をめり込ませて両手をばたばたさせているユリにケイトは優しく言い聞かせながら、シートベルトに手を伸ばした。シートベルトといっても、自動車のベルトように簡単な構造の物ではなく、クッションの付いた固定具で肩と胸元を押さえて上半身を固定し、下半身の方は、腿のあたりと足首のあたりをベルトで固定するといった、遊園地のジェットコースターの安全装置をもっと大がかりにしたような構造の物だ。もちろん、一時もじっとしていなくてすぐに暴れ回る子供たちが座席から振り落とされないようにするためなのは言うまでもない。

 ケイトは、ユリの上半身を固定具で固定し、足首もベルトでしっかり固定してから、腿のあたりを固定するベルトのバックルを持ち上げた。

「ケイト保護……せ、先生、もうこれくらいでいいんじゃないんですか」

 ケイトが手を動かすたびに体の自由が奪われてゆく。その不安に嫌な予感を覚えて、ユリはおそるおそるケイトに言った。

「駄目よ。小っちゃい子はすぐに暴れ回るから、少しきついくらいに体を固定しておかないと、いつどんな事故になるかわからないもの」

 ケイトは幅の広いベルトを座席の下から引き出して、ユリの右脚の腿に押し当てた。

「でも、私、本当は子供じゃありません。ちゃんとおとなしくしてますから、あまり体を固定しないでください」

 ユリはそう言いながら身をよじった。

 けれど、分別のない子供が勝手にベルトを外してしまわないようにするため肩口から肘のあたりまでしっかりバックレストに押さえつけるようになっている固定具のせいで、微かな身じろぎしかできない。それをいいことに、ケイトは、ユリの右脚の腿をさっさとベルトで座面に固定してしまう。そうして、今度は左脚を強引に開かせて、こちらも幅の広いベルトで座面にしっかり固定する。

「そんな我儘を言っちゃいけないわね。地球に着いたら、地球の生活に慣れるためにコロニーでどんなことを教えてもらったか訊かれるかもしれないのよ。もちろん、地球の重力に慣れるための訓練についても尋ねられるかもしれない。そうしたら、エレベーターにどんなふうに乗ったのか、それも説明しなきゃいけないのよ。それが他の子供たちと違った乗り方だと正体を怪しまれるかもしれないでしょ? だから、他の子供たちとまるで同じことを経験しとかなきゃいけないのよ」

 ケイトは、留めたばかりのベルトの位置を調整しながら言った。

「で、でも、そんなにきつくしなくても……あん!」

 突然、ユリが喘ぎ声を漏らした。ケイトがベルトの位置を動かして、それまで太腿を固定していたのを、もう少し上の方、もう殆ど股間に触れるくらいになるよう調整し直したせいだ。幅の広いベルトの端は、おむつカバーの上からユリの感じやすい部分を締めつけているかもしれない。

「や、やだ……ケイト保……先生、ベルトの位置をもう少し……」

 ケイトの指とは違って無遠慮に秘部をおむつカバーの上から押さえつけるベルトの感触に小刻みに腰を震わせて、ユリは途切れ途切れに言った。

 けれどケイトはユリの懇願などまるで無視して

「さ、できた。じゃ、行くわよ」

と言って自分も席につくと、手早く固定具を操作して、保護官用シートのアームレストに設置してあるコンソールのボタンを押した。

 短い警告音が鳴り響いて、その直後、エレベーターが加速を開始した。

 いつも体感している疑似重力の0.3Gに倍する0.6Gの加速が四人を座席に押しつけ、なおいっそうバックレストに体をめり込ませる。

「きゃっ」

「すごっ」

 カタンとボビンが同時に感嘆の声をあげた。

 そうして、それから僅かに遅れて、ユリの口から

「いや〜っ」

という悲鳴じみた声が漏れる。予想以上の加速Gに対する驚きというだけではない、もっとなんだか切羽詰まった状況におちいったらしいことが誰にもわかるような、そんな悲鳴だった。



 隔壁に沿って鉛直方向に走行を続け、やがてエレベーターの速度が殆どゼロになる頃、隔壁第三層中心部の浮遊部分への連絡口に到着する。

 僅かに残った速度を到着場所の短い区間にだけ設置されたリニアモーターで減速して、四人を乗せたエレベーターは滑らかに停止した。

 エレベーターが完全に停止したことを確認したケイトは上半身を押さえつけている固定具をはね上げ、手早くシートベルトを外して、出発時には後ろ側の壁だった床に立つと、足早に最前列の座席に向かって、カタンとボビンの固定具とシートベルトをフリーにした。

 それから、くるりと振り返って、まだ座席に固定されたままのユリの顔をおもむろに覗きこむ。

 ユリは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「あらあら、そんなにエレベーターの加速が怖かったの? でも、もう大丈夫よ。エレベーターはもう止まってるからね」

 ユリがどうして悲鳴をあげたのか、ケイトは充分に承知している。秘部をシートベルトでおむつカバーの上から押さえてユリの感じやすい部分に対する刺激が続くようにした上で、エレベーターをいつもよりも激しく加速させたのだ。これまでずっと我慢していたおしっこをユリが漏らしてしまったとしても、なんの不思議もない。そのことを承知していながら、瞳を潤ませているユリに向かって、わざととぼけて訊くケイトだった。

「……」

 それに対してユリは何も応えられない。まさか、おむつを汚してしまったと自分の口から言えるわけがない。

 けれど、ケイトの方は何があったのか手に取るようにわかっている。ケイトは片方の眉を吊り上げると、納得顔で頷いた。

「そう。エレベーターが怖かったわけじゃないの。じゃ、これが原因ね」

 ケイトはユリの足首と腿を固定しているシートベルトを手早く外した。そうして、ユリの上半身をバックレストに押しつけている固定具を外すことなく、座席のリクライニングレバーを引く。

 微かな電動音が聞こえ、ユリが座っているシートのバックレストがモーターでゆっくり仰向けに倒れ始めた。同時に、ユリが足を乗せているフットレストが床から離れて、バックレストの動きに合わせて徐々にせり上がってくる。

 耐Gシートだった座席がフルフラットの簡易ベッドに姿を変えるのに、さほど時間はかからなかった。

「な、何をするんですか!?」

 いいようのない不安を覚え、ユリは涙に潤む両目を大きく見開いてケイトの顔を見上げた。

「すぐにすむからおとなしくしててね。ユリちゃん、聞き分けのいいお利口さんだから、ちゃんとしてられるよね」

 ケイトは本当の幼児をあやすような口調で言って、簡易ベッドに横たわるユリのスカートをお腹の上まで無造作に捲り上げた。パステルピンクの生地にハローキティのプリントをあしらったおむつカバーが丸見えになる。

「や、やだ!」

 突然のことにユリは慌ててスカートを押さえようとするのだが、肩口から肘のあたりまでを固定具に押さえつけられているせいで、指先は虚しく宙を切るばかりだ。

「駄目よ、暴れちゃ」

 ケイトは甘い声で囁きかけて、ユリのお尻を包み込んでいるおむつカバーの裾にそっと右手を差し入れた。

「やだってば、本当にそんなことやだってば!」

 ユリは後頭部をバックレストにこすりつけんばかりにして激しく首を振った。けれど、固定具のせいで僅かに身じろぐことしかできない。

「あらあら、何をむずがってるのかしら、ユリちゃんてば。私はユリちゃんのおむつが濡れてないかどうか確かめてあげているだけなのに」

 ケイトは、おむつカバーの中に差し入れた右手をもぞもぞと動かしながらユリに言って聞かせる。

 そのケイトの言葉を、座席に座ったまま所在なげにしていたカタンとボビンは聞き逃さない。

「え? おもらししちゃったの、ユリちゃん」

「ユリちゃん、おむつにおもらしなの?」

 二人はぱっと座席から立ち上がると、ユリが横たわる簡易ベッドに向かって駆け出した。

 と、二人そろって体が大きく跳ね上がり、もう少しで頭をエレベーターの天井にぶつけそうになってしまう。

「ほらほら、二人とも気をつけないと危ないわよ。ここまで来ると、重力はすごく小さいんだから」

 手足をばたつかせてかろうじて頭を天井にぶつけずにすんだ二人の様子に、ケイトは苦笑交じりの声で言った。今、エレベーターが停止している位置は、直径60メートルの浮遊部分のすぐ外側だ。疑似重力は作用しているものの、直径3kmに及ぶコロニー円周での疑似重力に比べると、その強さは2パーセントしかない。そんな微少重力しか作用していない場所では、身動き一つ一つに気をつけないと、とんでもないことになる。

 どうにか床の上に戻った二人はエレベーター内部のあちらこちらに設置してある取っ手をつかんで、今度は慎重な足取りで簡易ベッドのそばにやって来た。

「ケイト先生、ユリちゃん、おもらしなの?」

 トイレへ行く時にボビンがそうしたのを真似て、カタンは幼児言葉でケイトに尋ねた。

「そうよ。ほら」

 おむつカバーの裾から右手を引き抜いたケイトは、おむつカバーの前当てに指をかけて軽く引っ張った。

 さほど力を入れていないようなのに、おむつカバーの前当てと横羽根とを留めているマジックテープが、ベリリッとエレベーター内の空気を震わせる音をたてて外れた。

「ね? フィールドキャンセラーを使っていないのに、マジックテープが感嘆に外れたでしょ? これは、おむつカバーの中がぐっしょり濡れているからよ」

「でも、どうして? ユリちゃん、先生と一緒にトイレ行ったでしょ? トイレ行ったのに、どうしてまたすぐにおもらしなの?」

 カタンは好奇心満々の幼児を演じながら重ねて訊いた。

 エレベーターに乗る前、カタンとボビンに続いて、ユリもケイトに連れられてトイレへ行っている。トイレで何があったのかを知らないカタンとボビンにしてみれば、ユリがケイトに手伝ってもらっておしっこをすまたものだと思いこんでいるから、それから殆ど時間が経っていないのにすぐまた粗相をしてしまったのが不思議でならない。


「あのね、ユリちゃんはね、トイレでおしっこできなかったのよ」

 ケイトは、おむつカバーの前当てをユリの両脚の間に広げて置きながら、カタンに向かって小さく首を振ってみせた。

「どうして? どうしてユリちゃん、トイレでおしっこしなかったの?」

 これは何? どうしてそうなるの? それが小さな子供の口癖だ。今度はボビンがそんな幼児を真似てケイトに訊く。

「ううん。しなかったんじゃなくて、できなかったの」

 ケイトはボビンの言葉をやんわりと、けれど、ユリの耳にもちゃんと届くようにはっきりした声で訂正した。

「だって、ほら、ユリちゃんは年少さんでまだおむつが外れないでしょう? だから、ちゃんとトイレでおしっこできなかったの。まだトイレのお稽古は早かったのね、おむつのユリちゃんには」

「あ、そっかー。カタンお姉ちやんは年長さんだし、ボビンは年中さんだからちゃんとトイレでおしっこできるけど、年少さんのユリちゃんはまだ小っちゃくておむつだから、トイレちゃんとできないんだね。そうだよね、ちゃんとトイレできたら、おむつバイバイだもんね」

 ボビンは、年中のちょっとお姉さんふうに胸を張ってみせた。

「うん、そういうことね」

 ケイトは言って、前当てに続き今度は左右の横羽根を外して、ユリの腰の両側に広げて置いた。

 おむつカバーの前当てと横羽根が広げられてしまうと、ユリの下腹部をくるんでいる布おむつがすっかり丸見えになる。

「あ、ほんとだ。ユリちゃんのおむつ、ぐっしょりだぁ」

 まだおしっこが出てしまって間もないため微かに湯気のたっている布おむつを見て、カタンが大声を出した。

「や、やだ、カタン、そんなこと言わないでよ。私たち同期でずっと友達なのに……そんなひどいこと、口に出して言わなくてもいいじゃないよ」

 ユリはぎゅっと両目を閉じて、羞恥に震える声で弱々しく言った。

「違うもん。カタンは年長さんでユリちゃんは年少さんだもん。同じじゃないもん。ね、ケイト先生?」

 くすくす笑いながら、カタンは盛んに幼児を演じてみせる。最初は自分の恥ずかしさをまぎらわせるためだったのが、いつのまにか、ユリを手のかかる妹分扱いするのが面白くてたまらないというふうになってきているみたいだ。

「そ、そんな……でも、ボビンは私の味方だよね? カタンみたいにひどいこと言わないよね?」

 ユリは両目の瞼を閉じたまま、すがるようにボビンに言った。

「ボビン、年中さんだよ。年少さんでおむつの取れないユリちゃんとは違うよ。ボビン、ちゃんとトイレでおしっこできるお姉ちゃんだもん」

 カタンに調子を合わせて、ボビンも幼児を演じることを忘れない。

「はいはい、お喋りはそれくらいにして、おむつを取り替えましょうね。いつまでも濡れたおむつだとお尻が気持ち悪いでしょ? お姉ちゃんたちが見ててくれるから寂しくないわね」

 三人がやり取りする様子を面白そうに眺めていたケイトが、ユリの両方の足首をまとめてつかんで高々と差し上げた。

「い、いやぁ……」







 不意に足首を持ち上げられて、ユリは再び激しく首を振った。けれど、上半身を固定具に押さえつけられ、両手も自由に動かせないユリには、ケイトの手から逃れる術はない。

「あらあら、なにをむずがっているのかしら、ユリちゃんてば。せっかく新しいふかふかのおむつに取り替えてあげるのに」

 ケイトはわざと不思議そうな表情を浮かべて、更にユリの足首を高々と差し上げた。もともとユリの体が幼児並みに小さいのに加えて、疑似重力が小さな地点にいるから、さほど力は要らない。

 ケイトがユリの足首をつかんで持ち上げると、簡易ベッドとユリのお尻との間に少し隙間ができる。ケイトはその隙間を使って、ぐっしょり濡れてユリの下腹部にべっとり貼り付く布おむつを手元にたぐり寄せた。

「カタンちゃんとボビンちゃん、先生のお手伝いをしてくれるかな?」

 ケイトは手元に引き寄せた布おむつをそっとつかみ上げると、二人に向かって優しい声で言った。

「はい、先生。カタン、年長さんだからお手伝いできるよ」

 先に返事をしたのはカタンだった。

「そう。じゃ、先生が座っていたシートの横に置いてあるバッグを開けて、その中から透明のビニール袋を持ってきてちょうだい」

 ケイトは布おむつを手にしたまま、自分が座っていた座席の方を目で指し示した。

「はーい」

 カタンは短く応えると、最後尾のシートに歩み寄って、ケイトの言う通り、透明の袋を持って戻ってきた。

「ね、先生、これ、何の袋?」

 好奇心旺盛な幼児そのまま、カタンは、取ってきたばかりの透明の袋を開けてケイトの方に差し出した。

「これはね、ユリちゃんが汚しちゃったおむつを入れておく袋なのよ。濡れたおむつ、そのままバッグに入れてなんておけないものね。この袋に入れて持って返って、リサイクルセンターに渡すのよ。そうしたら、おむつが吸い取ったユリちゃんのおしっこが綺麗なお水になるの」

 その説明の通り、ケイトが備品バッグに入れて持ってきていたのは、防水性と気密性に優れた保存袋だった。ユリが汚した布おむつをこの中に入れてジッパーを閉じると、少々手荒く扱っても、おしっこが漏れ出すことはない。そして、この袋に入れたまま布おむつをリサイクルセンターに持っていけば、飲用にもできる水に再生してくれるのだ。トイレに排泄した尿がリサイクルセンターに集められて再生処理を受けていることは、コロニーの住人なら誰でも知っている。布おむつが吸い取った幼児のおしっこが再生されていることも民政局職員であるユリは知っている。けれど、自分が汚してしまったおむつがリサイクルセンターに持ち込まれて、おしっこが飲料水に生まれ変わり、誰かが口にするのかと思うと、身震いするほどの羞恥に体中を包まれるのを止められない。





この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。