ケイトは、カタンが支え持つ保存袋にユリが汚した布おむつを収納してジッパーをしっかり閉めた。微かに立ちのぼっていた湯気が透明な保存袋の内側に付いて、うっすらと曇って見える。
「先生、ボビンもお手伝いする」
カタンが保存袋をバッグに戻している間に、今度はボビンがケイトの前に立った。
「そう、ボビンちゃんもお手伝いしてくれるの。じゃ、バッグから新しい布おむつを取って来てちょうだい。六枚を重ねて一組にして用意してあるから、そのまま持って来てくれればいいわ」
ケイトは、そっきそうしたようにバッグを目で指し示してボビンに言った。そうして、保存袋をしまい終えたばかりのカタンに向かって声をかける。
「カタンちゃん、おむつと一緒にしまってあるお尻拭きとベビーパウダーを持って来てね。ちゃんとしとかないと、ユリちゃん、おむつかぶれになっちゃうから」
「はーい、ケイト先生」
二人は同時に声をあげ、ケイトに言われるまま、カタンはお尻拭きとベビーパウダーの容器を持ってケイトのもとに戻り、足早にバッグにのそばに寄ったボビンも少し遅れて新しい布おむつを手にして戻ってきた。
「はい、ありがとう。二人ともお利口さんね」 ケイトは本当の幼児にするみたいに二人の頭を順番に撫でて、カタンの手からお尻拭きの容器を受け取った。
「じゃ、新しいおむつをあてる前に、お尻を綺麗綺麗しましょうね、ユリちゃん。おしっこが残ってるとおむつかぶれになってお尻が赤く腫れちゃうからね」
ケイトはあらためてユリの足首を差し上げ、空いた方の手でお尻拭きをユリの下腹部に押し当てた。
「んん……」
ケイトがゆっくり手を動かすのに合わせて、消毒用のアルコールを含んだ不織布のひんやりした肌触りが下腹部を這いまわる。その感触に思わず息を荒げてしまうユリだった。
「あらあら、なんだか気持ちよさそうね、ユリちゃん」
ケイトは笑いを含んだ声で言って、ユリの顔を見おろした。
「き、気持ちいいだなんて、そんな……」
きゅっと両目を閉じていても、ケイトがこちらを見ている気配が伝わってくる。その視線を痛いほど感じながら、喘ぎ声でユリは言葉を返した。
「あら、だって、ここがこんなに濡れちゃってるのよ。これ、おしっこじゃないと思うんだけどな」
ケイトはおかしそうに言って、お尻拭きをユリの秘部に押し当てた。
「や……」
突然のことにユリの腰がびくんと震える。
「ほら、拭いても拭いても、ねばねばしたおつゆがいくらでも出てくるわよ。気持ちいいから、この恥ずかしいおつゆが出てくるんじゃないかしら?」
ケイトは、掬い取るみたいにしてお尻拭きをユリの秘部に押し当て動かした。お尻拭きが触れて離れるたびに、ユリの秘部から溢れ出た愛液が、ねばねばした細い糸のようになってお尻拭きの表面から垂れ下がる。
トイレでケイトにおむつカバーの上からいじられ、エレベーターの中ではシートベルトで責められた下腹部の疼きは、まだ鎮まってはいなかった。そんなところへ、本当の幼児みたいにおむつをおしっこで汚してしまったという屈辱感と羞恥とがないまぜになった、被虐的な、なんとも表現しようのない、奇妙な感覚がますます下腹部を疼かせているのだった。そうして、じんじんと痺れるみたいな疼きをいさめるようなお尻拭きのひんやりした感触が更に被虐感を掻きたてる。
「そう。そんなに、おむつにおしっこするのが気持ちよかったの。これなら、おむつに慣れるのに、あまり時間はかからないみたいね」
うふふと笑いながら、ケイトは尚もお尻拭きでユリの秘部を責め続けた。
*
――そんなふうにして何度も何度もおむつへの排泄を強要され、それが日常化していって、ついには、尿意を覚えるとまるで我慢できずに知らぬまにおむつを汚してしまう体になってしまったユリ。ケイトに言われるまでもなく、今では一時もおむつを手放すことはできない。女児用のショーツを穿いたとしても、すぐにおもらしで汚してしまうのはユリ自身も痛いほどわかっている。その事実を突きつけられると、何も言い返せなくなってしまうのも無理はない。
「はい、この件はこれでおしまい。じゃ、ユリのおむつを取り替えてあげるから、カタンとボビン、いつもみたいに手伝ってちょうだい」
ユリが渋々口を閉ざすと、ケイトはぱんと手を打って言い、コントローラーのボタンを押した。
と、壁の一部が音もなく開いて、木製のベッドが滑り出てくる。それは、ユリが眠る時にいつも使っているベッドだった。ただし、就寝時だけではなく、おむつを取り替えてもらう時にも、ユリはこのベッドの上に横たわることになっている。
「はい、抱っこしてあげるから、おとなしくベッドにねんねするのよ」
ケイトがユリの体を抱き上げるのと同時に、カタンとボビンが、ベッドの両側に付いている背の高いサイドレールを倒した。
「ありがとう、カタンとボビン。それにしても、おむつのユリにはベビーベッド本当にがお似合いね」
ケイトは、ことさら『おむつのユリにはベビーベッドが』という部分を強調して言って、ユリをベッドの上に寝かせた。
ベビーベッド。そう、ユリが横たわったのは、高いサイドレールの付いた木製のベビーベッドだった。カタンとボビンが眠る時に使うのは普通のベッドなのだが、ユリだけは、帰還準備室の居住エリアで眠りについた最初の日からベビーベッドを使うことが強要された。そうして、おむつを取り替える時にも、そのベビーベッドの上でというふうに強要されたのだった。
「やだ、ケイトってば。おむつを取り替えるたびにそうやって意地悪ばかり言うんだから」
ベビーベッドの上でユリは頬をピンクに染めた。
「なにを言ってるの、意地悪なんかじゃないわよ。ユリ、本当におむつとベビーベッドがお似合いで可愛いからそう言ってるだけなのに」
ケイトは軽くウインクしてみせてから、ユリのおむつカバーに指をかけた。
「だけど、だけど……」
訓練が始まってすぐの頃のようにケイトの手から逃げ出そうとはしない。それでもユリは恥ずかしそうに身をよじって弱々しく首を振った。
「あらあら、なんだかご機嫌斜めね、ユリ。いいわ、おとなしくさせてあげる」
ケイトはくすっと笑うと、一旦おむつカバーに伸ばした手を引っ込め、ベビーベッドの下から備品バッグを取り出してファスナーを引き開けた。
「あ、ベビーパウダーとか新しいおむつなら私たちが用意するから言ってくれればいいのに」
ケイトが備品バッグに手を突っ込むのを見て、カタンが慌てて言った。
「そうね、おむつやベビーパウダーは、最初にエレベーターに乗った時から二人に用意してもらっているものね。でも、それは後。今は別の物をユリに渡そうと思ってバッグを開けたんだから」
ケイトは意味ありげな笑みを浮かべてカタンの申し出をやんわりと断った。
「ユリに渡す物?」
興味深そうに訊くのはボビン。
「そう、とってもいい物よ。――ほら、これでユリのご機嫌なんてすぐに良くなる筈だから」
悪戯めいた表情でそう言ったケイトがバッグから取り出したのはプラスチック製のガラガラだった。
「ほら、ユリ、ちょっとこの音を聞いてごらん。すぐにご機嫌になるから」
カタンとボビンが幾らかきょとんとした顔つきで見守る中、ケイトは、ユリの顔の上でガラガラをそっと振った。
からころ。
からころ。
幼児用の玩具のかろやかな音に居住エリアの空気が優しく震える。
「お、おむつとベビーベッドだけでも恥ずかしいのに、その上そんな物で、どれだけ私を子供扱いする……」
どれだけ私を子供扱いすれば気がすむのよ!? そう言って抗議の声をあげようとしたユリだけれど、途中で言葉が途切れてしまう。
不思議に思ったカタンがユリの顔を伺うと、目がとろんとして、抗議の声をあげかけていた唇が半ば開いたままになっていた。そうして、ケイトがガラガラを差し出すと、ユリの手がおずおずと伸びて、かろやかな音をたてるガラガラをきゅっと握り締めた。
「どういうことなの、ケイト?」
子供扱いされるのを嫌がっているユリが何の抵抗もなく幼児用の玩具を受け取ったのを見て、わけがわからず、ボビンは呆れたような顔でケイトに訊いた。
「実は、今朝、あなたたち三人が地球に潜入して施す特殊工作の概要が決定したの。これからその内容を話すから、よく聞いていてほしいの」
不意に、思いがけない話題をケイトが口にした。
「え? それは、まぁ、聞いておきたいけど……」
「でも、それがこのガラガラとどういう関係があるっていうのよ?」
突然のことに呆気にとられた顔つきでカタンとボビンはケイトの顔を振り仰いだ。
「うん。実は、このガラガラが特殊工作のために技術局が総力を挙げて開発した武器なのよ。ただ、エネルギーも資材も余裕はないから、武器は一つしか用意できなかったらしいんだけどね」
ケイトは最後の方は少し悔しそうに小さく溜息を漏らして二人に言った。
「このガラガラが特殊工作用の武器ですって?」
ユリが小さく手を振るたびにからころと音をたてるガラガラを見つめるカタンとボビンの顔に困惑の色が浮かぶ。
「そう、これが、あなたたちのために用意できた唯一の武器なの。じゃ、工作の概略を話すわね――」
ケイトは、ユリの手に自分の右手を添え、大きくガラガラを振りながら、上層部から伝えられた特殊工作の概要を説明し始めた。
その説明を要約すると、特殊工作は、三人が地球に到着するとすぐに開始して、極めて短い時間の内に終了させる短期決戦的なスケジュールで進めることになったらしい。地球に潜入した三人が時間をかけて幾つかの示威的な行動を起こした後にその結果を連邦政府に突きつけて交渉を開始するといった手順ではなく、潜入とほぼ同時にかなり決定的な破壊活動を行い、連邦政府が動揺する隙を衝いて一気に交渉の主導権を握るという方針に基づいた工作スケジュールを採るというわけだ。
具体的に説明すると、破壊活動の決行日時は、三人が地球に到着した日の午後一番ということになった。カタンたちを乗せてコロニーを出発したシャトルは、十二時間の飛行の後、連邦標準時の午前十一時に連邦首府の宇宙港に到着する予定になっている。宇宙港で簡単なボディチェックを受けた後、三人は地球での養親に引き会わされ、そのまま、首府にある幼稚園に到着する。幼稚園に到着したカタンたち三人を待っているのは、入園式という行事だ。形式的には普通に幼稚園で行われる入園式なのだが、実のところは、コロニーから引き取られて地球の飼い主のもとにやって来た新しいペットの品評会またはお披露目の場といった意味合いが強い。要するに、新しく養親になった高官夫婦が「これが今度うちが飼うことになった新しいペットです。これまでに地球にやって来たペットも可愛いけど、うちのもなかなかのものだと思うから、よろしくお願いしますよ」と他の高官夫婦たちに披露するのが、入園式の本当の目的だ。入園式には、今度は誰がどんなペットを飼うことになったのかを見ようとして、手が空いている高官は殆どやって来る。その数は全高官の内の20パーセントくらいにも達するのが通例だ。多くの高官が夫婦で参加するその入園式の場で生物兵器を使用するというのが三人の行う特殊工作の概略だった。
使用する生物兵器というのは、偶然ラグランジェポイントに迷い込んできた小惑星の破片らしき物体の成分調査を技術局の職員が行っていた時にみつけて採取したバクテリオファージ様の生物で、一定の条件のもとでは、感染した生物の体を構成する細胞の中に入り込んで細胞核の中にある遺伝子に自らの遺伝子を結合させ、人間の細胞を構成する物質を一つ残らず使って自らを無数に複製し、またたくまに増殖していくという、きわめて危険きわまりない特性の持ち主だった。もちろんのこと、細胞を構成する物質をバクテリオファージ様生物の餌食にされた生物は、感染して三十分間も経たないうちに死に至る。ただ、このバクテリオファージ様生物は誰にでも感染するのではなく、地球の住人を狙うようにコントロールされている。ネオテニー化を促進する遺伝情報の有無でそれがコロニーの住人なのか地球の住人なのかを判別して、ネオテニー化情報を持たない地球住人の細胞内でしか活動しないという特性を持たせるよう技術局が遺伝子操作を施したのだ。
「――ただ、そんな物騒な生物兵器をどうやって地球に持ち込めばいいのか、それが問題だったのよ。少しでも妙な容器を持っていれば、地球に着いた時のボディチェックですぐにみつかっちゃうしね」
おだやかな表情でガラガラを振るユリの顔に優しく微笑みかけ、ケイトは、あらためておむつカバーの前当てに指をかけながら言った。
「あ、ひょっとして、このガラガラが?」
急に何か気づいたような表情でカタンがユリのガラガラに目を凝らした。
「うん、そういうこと。カタンの想像通り、技術局は生物兵器の容器をガラガラに偽装することにしたの。赤ちゃんじゃないにしても、まだおむつの外れないユリだもの、ガラガラが大好きで一時も手放さないとしても不思議じゃないでしょう? 愛用のガラガラを地球に持っていくんだって駄々をこねても誰も怪しまないと思うわ」
ケイトが小さく頷いてユリのおむつカバーの前当てと横羽根を広げると、ぐっしょり濡れた水玉模様の布おむつがあらわになった。
「あ、でも、ユリ、どうしてこんな顔つきをしてるの? ガラガラが生物兵器の容器になってるってことはわかったけど……」
まだ納得できないという表情で横合いからボビンが口をはさんだ。
「それはね、ガラガラが発する音波がユリの神経中枢に直接作用するようチューニングしてあるからなのよ。簡単に言えば、ユリの気持ちを落ち着かせるような効果のある音をガラガラが出すようになっているの。もっとも、ユリ以外の人間にはただのガラガラの音にしか聞こえないんだけどね」
ケイトはユリの足首を持ち上げ、たっぷりおしっこを吸った布おむつを手元に引き寄せて、透明の保存袋に収納した。いつもなら保存袋の用意をするのはボビンの役目だが、不思議なガラガラに対する好奇心が先にたってしまい、ユリの手伝いをすることなんてすっかり忘れてしまっている。
「だけど、何のために?」
ボビンは重ねて訊いた。まるで、どんな時にもどんなことにも「それは何? それはどうして?」と言ってやまない小さな子供そのままだ。
「ガラガラがユリの精神に作用する音波を発生するようにしたのには二つの目的があるのよ。まず、一つめの目的は、いざガラガラから生物兵器を含んだガスを噴出させるという時になってユリが躊躇うことのないようにするため。いくら地球連邦に対して憎しみを抱いていても、少なくない人命を奪うことになると思うと、生物兵器の容器を開けることができなくなってしまうかもしれないじゃない? そんな心の動揺を抑えるためにユリの精神をやわらげるのが一つの目的なのよ」
ケイトは、お尻拭きでユリの下腹部を綺麗にし、ベビーパウダーをたっぷりはたきながらボビンに言った。その間もユリはうっとりした目をして、さかんにガラガラを振っている。
「次に二つめの目的だけど、これは、ユリがガラガラを片時も手放さないようにするためなのよ。さっきも言ったけど、武器はこれ一つしか用意できないの。そんな大事な武器をなくされちゃ大変だから、ガラガラが手元から離れるとユリが不安感を抱くようにしようってことになったのね。ガラガラから出る音はユリの気持ちを落ち着かせる作用をするんだけど、その音を聞き続けると、今度は逆に音が聞こえないと不安で不安でたまらなくなってくるのよ。つまり、手元にガラガラがないと不安になって、否が応でもガラガラを探すようになるわけ。これが二つめの目的よ」
ケイトは、六枚を重ねて一組にした新しい布おむつをユリのお尻の下に敷き込んだ。
「ああ、そういうことだったの。それでわかったわ」
ボビンはケイトの顔とユリのガラガラを見比べて、ようやく納得したように言った。そうして、少しばかり不憫そうな眼差しでユリの顔を見て呟く。
「それにしても、ユリは大変な役を引き受けちゃったのね。幼稚園児のふりをするなんて、カタンも私も考えてもみなかったけど、ユリなんて、殆ど赤ちゃんみたいな役回りだもんね。おしっこはおむつの中だし、ミルクやジュースを飲む時はゴムの乳首が付いたカップだし、今度はガラガラをいつも持ってなきゃいけないなんて。私だったら、とてもじゃないけど恥ずかしくてできないだろうな。私には幼稚園の年中さんを演じるのが精一杯だわ」
「それだけ、みんながユリに期待してるってことよ。工作の正否は、ユリの行動にかかっているのよ。この、おむつっ子のユリにね」
ケイトは、おむつカバーの横羽根と前当てを手早くマジックテープで留めると、おむつでぷっくり膨れたユリのお尻を、おむつカバーの上から何度も何度も優しく叩いた。
使用する生物兵器というのは、偶然ラグランジェポイントに迷い込んできた小惑星の破片らしき物体の成分調査を技術局の職員が行っていた時にみつけて採取したバクテリオファージ様の生物で、一定の条件のもとでは、感染した生物の体を構成する細胞の中に入り込んで細胞核の中にある遺伝子に自らの遺伝子を結合させ、人間の細胞を構成する物質を一つ残らず使って自らを無数に複製し、またたくまに増殖していくという、きわめて危険きわまりない特性の持ち主だった。もちろんのこと、細胞を構成する物質をバクテリオファージ様生物の餌食にされた生物は、感染して三十分間も経たないうちに死に至る。ただ、このバクテリオファージ様生物は誰にでも感染するのではなく、地球の住人を狙うようにコントロールされている。ネオテニー化を促進する遺伝情報の有無でそれがコロニーの住人なのか地球の住人なのかを判別して、ネオテニー化情報を持たない地球住人の細胞内でしか活動しないという特性を持たせるよう技術局が遺伝子操作を施したのだ。
「――ただ、そんな物騒な生物兵器をどうやって地球に持ち込めばいいのか、それが問題だったのよ。少しでも妙な容器を持っていれば、地球に着いた時のボディチェックですぐにみつかっちゃうしね」
おだやかな表情でガラガラを振るユリの顔に優しく微笑みかけ、ケイトは、あらためておむつカバーの前当てに指をかけながら言った。
「あ、ひょっとして、このガラガラが?」
急に何か気づいたような表情でカタンがユリのガラガラに目を凝らした。
「うん、そういうこと。カタンの想像通り、技術局は生物兵器の容器をガラガラに偽装することにしたの。赤ちゃんじゃないにしても、まだおむつの外れないユリだもの、ガラガラが大好きで一時も手放さないとしても不思議じゃないでしょう? 愛用のガラガラを地球に持っていくんだって駄々をこねても誰も怪しまないと思うわ」
ケイトが小さく頷いてユリのおむつカバーの前当てと横羽根を広げると、ぐっしょり濡れた水玉模様の布おむつがあらわになった。
「あ、でも、ユリ、どうしてこんな顔つきをしてるの? ガラガラが生物兵器の容器になってるってことはわかったけど……」
まだ納得できないという表情で横合いからボビンが口をはさんだ。
「それはね、ガラガラが発する音波がユリの神経中枢に直接作用するようチューニングしてあるからなのよ。簡単に言えば、ユリの気持ちを落ち着かせるような効果のある音をガラガラが出すようになっているの。もっとも、ユリ以外の人間にはただのガラガラの音にしか聞こえないんだけどね」
ケイトはユリの足首を持ち上げ、たっぷりおしっこを吸った布おむつを手元に引き寄せて、透明の保存袋に収納した。いつもなら保存袋の用意をするのはボビンの役目だが、不思議なガラガラに対する好奇心が先にたってしまい、ユリの手伝いをすることなんてすっかり忘れてしまっている。
「だけど、何のために?」
ボビンは重ねて訊いた。まるで、どんな時にもどんなことにも「それは何? それはどうして?」と言ってやまない小さな子供そのままだ。
「ガラガラがユリの精神に作用する音波を発生するようにしたのには二つの目的があるのよ。まず、一つめの目的は、いざガラガラから生物兵器を含んだガスを噴出させるという時になってユリが躊躇うことのないようにするため。いくら地球連邦に対して憎しみを抱いていても、少なくない人命を奪うことになると思うと、生物兵器の容器を開けることができなくなってしまうかもしれないじゃない? そんな心の動揺を抑えるためにユリの精神をやわらげるのが一つの目的なのよ」
ケイトは、お尻拭きでユリの下腹部を綺麗にし、ベビーパウダーをたっぷりはたきながらボビンに言った。その間もユリはうっとりした目をして、さかんにガラガラを振っている。
「次に二つめの目的だけど、これは、ユリがガラガラを片時も手放さないようにするためなのよ。さっきも言ったけど、武器はこれ一つしか用意できないの。そんな大事な武器をなくされちゃ大変だから、ガラガラが手元から離れるとユリが不安感を抱くようにしようってことになったのね。ガラガラから出る音はユリの気持ちを落ち着かせる作用をするんだけど、その音を聞き続けると、今度は逆に音が聞こえないと不安で不安でたまらなくなってくるのよ。つまり、手元にガラガラがないと不安になって、否が応でもガラガラを探すようになるわけ。これが二つめの目的よ」
ケイトは、六枚を重ねて一組にした新しい布おむつをユリのお尻の下に敷き込んだ。
「ああ、そういうことだったの。それでわかったわ」
ボビンはケイトの顔とユリのガラガラを見比べて、ようやく納得したように言った。そうして、少しばかり不憫そうな眼差しでユリの顔を見て呟く。
「それにしても、ユリは大変な役を引き受けちゃったのね。幼稚園児のふりをするなんて、カタンも私も考えてもみなかったけど、ユリなんて、殆ど赤ちゃんみたいな役回りだもんね。おしっこはおむつの中だし、ミルクやジュースを飲む時はゴムの乳首が付いたカップだし、今度はガラガラをいつも持ってなきゃいけないなんて。私だったら、とてもじゃないけど恥ずかしくてできないだろうな。私には幼稚園の年中さんを演じるのが精一杯だわ」
「それだけ、みんながユリに期待してるってことよ。工作の正否は、ユリの行動にかかっているのよ。この、おむつっ子のユリにね」
ケイトは、おむつカバーの横羽根と前当てを手早くマジックテープで留めると、おむつでぷっくり膨れたユリのお尻を、おむつカバーの上から何度も何度も優しく叩いた。
*
いよいよ、三人が地球に向けて出発する日がやって来た。
エレベーターが停止して、カタンたち三人とケイト、それに高等助言官が隔壁第三層の浮遊部分におり立ち、そこから第二層に移動すると、地球から飛来したシャトルの乗員が待機していた。地球からシャトルがやって来る時はコロニーへの援助物資を積んでいるのだが、帰路に地球へ『帰還』する子供たちを搭乗させる場合は、援助物資の量がいつもよりも目に見えて多い。そんな、これみよがしな連邦高官の態度に胸の中で舌打ちしながらも、外見は平静を襲おうケイトを先頭に、一行はシャトルに乗り込んだ。